今や世界的に大活躍の反田恭平氏。
テレビはメディアでも何度も取り上げられているほか、ピアニストだけでなく指揮者や楽団を率いたり、レーベルを立ち上げたりと活動は多岐に渡ります。
今回は結婚のことやお父様のこと、お母様のことそして将来のビジョンまでまとめてみましたのでご覧ください。
反田恭平の母親は?
「息子の才能と可能性を信じ続けた、ポジティブな応援者」
お母様は専業主婦でした。
趣味でエレクトーンを弾きクラシックが好きな方でした。
反田さんは4歳からピアノを始め11歳までピアノ教室に通っていて、導いていくれたのがお母様でした。
初めてピアノに触ったのが4歳の時なんですけど、母が電子ピアノを買ってくれて「ミッキーマウスマーチ」を弾いてくれたんです。それを見て耳で覚えて普通に弾けたんですよ。
引用:dream HEART Vol,218 tokyo FM
最初から音感があったってことですね。もしかしたらお母様のお腹にいた時からエレクトーンで音感の練習をしていたのかもしれません。
なにしろ小学校で10音同時に弾いて聞き取れたという話を伺いました。
それでお母様は「ピアニストにならないかな」と考えたそうです。
なんだか微笑ましくも確信をついていて素晴らしいです。
お父様はどんな方だったのでしょうか?
反田恭平の父親は?
反田恭平の父親は、「夢を簡単には認めない、厳格な現実派の父親」
それはそれは厳格なお父様だったようです。
ご家庭は音楽は全く関係なく一般のサラリーマン家庭ですが、祖父は金融系におられたようでセレブ的な感じもします。
反田さんはインタビューで「昭和の頑固オヤジ」という表現で言われてますが、どちらかといえば明治っぽい感じもします。
父は絵に描いたような昭和の頑固オヤジで、金融系で働いていた祖父に厳格な教育を受けて育ち、祖父と同じ大学を出て、就職。
「男がピアノをやるなんて」といった考えがあったみたいで、練習中に野球中継の音量を爆音にして対抗されたこともあったほどです
引用:https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h11142
なかなかアグレッシブですよね。
スタジオクロックならあっさり挫けてしてしまいそうですが、猛反対なお父様をバネに奮起。複数のコンクールで第一位を獲得しお父様に認めてもらったという逸話が残っています。
お父様は高校卒業後、プロデビューを果たしてからも音楽で食べていけるか半信半疑だったようです。
スタジオクロックも音楽が好きですが、自分の親父さんが「音楽で食っていくのは難しい。成功するのは、ほんの一握りの人だけだ」とよく言っていたのを思い出します。
今思えば、あれは音楽好きだった親父自身に言っていたのかもしれません。。
反田恭平は再婚だった?
2023年ピアニストの小林愛実さんとの結婚が報道され、祝福の声がたくさん寄せられました。
一方雑誌の報道で「電撃婚直前にロシア女性と離婚」という記事を掲載とされています。
スタジオクロック的には少し驚いたものの、アーティストといえども人ですから結婚もすれば離婚もすることもあるよという感想です。
世界的アーティストとなれば話題になるのは必然かもしれません。
雑誌の報道では元妻さんは1歳歳上の方で音楽関係の方ではなく一般女性とされています。
反田さんも当時20歳そこそこですから、異国の地でそばにいてくれる人が欲しいというのは男性女性関わらずわかる気がします。その流れで結婚はある意味自然な流れかもしれません。
その頃国際的に大活躍でメキメキと腕をあげていく反田氏!
ピアニストとしてだけでなく、指揮者としての活躍のほか、反田氏率いる楽団をまとめたり、音楽レーベルを立ち上げたりと大活躍です。
その間元妻さんは反田氏を支えてくれていたと思います。と同時に一般の方と芸能界的な音楽の世界ではそのギャップは理解し難い困難な局面もあったのではないかと推測いたします。
そして2021年ショパン国際コンクールを迎えます。
そこで幼馴染で実力派ピアニストの小林愛実(こばやしあいみ)さんと再会します。
そこで反田氏は第2位受賞という日本人過去最高位受賞の快挙を遂げます。そしてさらに第4位が小林愛実さんという運命的な出会いが待っていました。
ショパンコンクール前なのかお2人の写真が残されていますが、久しぶりに会った感じで「頑張ろうね!」みたいな雰囲気の写真で戦友みたいなイメージです。
そしてそのインスピレーションが功を奏したのか、素晴らしい快挙を達成しました。
「ショパンコンクールファイナル」ですからどう転んでも快挙なのですが、2位と4位という結果でこれは一緒に喜べる間柄なので連帯感が自ずと出てくるのは自然なことかもしれません。
報道によれば反田さんは元妻さんと離婚成立した後、ほどなく2023年1月 小林愛実さんと結婚・妊娠を発表しました。
現在は2人のお子様も大きくなり、とてもお幸せそうです。
反田氏はますます演奏に磨きがかかって音に丸みも増し大活躍と話題になっています。
まとめ
反田恭平さんはテレビやメディアで一躍知名度がかなり上がったため、いろんなことを言われている感じを受けました。
そしてその活動はピアニストというだけでなく指揮者、楽団を率いたりと多岐に渡ります。
2017年のFM東京のポッドキャストではコメンテーターの脳科学者 茂木さんに、将来の夢を聞かれていました。
そこでは「音楽家になりたい」とそして「学校を作りたいと」話してくれました。
「単なるピアニストや、指揮者というだけでなく音楽家として学校を作りたいと。」
(dream HEART Vol,218 tokyo FMkから)
壮大なビジョンをお持ちでとても感動しました。
そういえばヨーロッパやロシアにはフレデリック・ショパン音楽学校やフランツ・リスト音楽大学、ロベルト・シューマン音楽大学、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院など音楽家の名前を冠した音楽大学が多数ありますが、日本にはありません。
西洋音楽なのでヨーロッパやロシアなのですが、そうした学校に日本から留学するたくさんの方々がいる中で日本に学びにくる学校がないのは、確かに残念な気もします。
反田さんには22歳当時すでにそのビジョンがおありで、着々と達成されています。
総じて「とても多くの引き出しをお持ちでスケールがとてつもなく大きく、若き音楽実業家」という印象を持ちました。
これからも目が離せません!!
▪️小林愛実

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