国内外の名だたるホールで演奏を重ね、クラシックの枠を超えた独自の表現で多くの観客を魅了し続けている世界的ヴァイオリニスト・川井郁子さん。
そんな彼女の原点ともいえる「実家」はどこにあるのでしょうか?
川井郁子さんは香川県高松市牟礼(むれ)町のご出身。
瀬戸内海を望む自然豊かな環境と、庵治(あじ)石に代表される職人文化が息づくこの地で育まれた感性が、後の唯一無二の音楽スタイルへとつながっていきました。
この記事では、世界を舞台に活躍する川井郁子さんの魅力を紹介しながら、実家のある牟礼町の特徴、幼少期のエピソード、そして音楽人生の原点を解説していきたいと思います。
川井郁子(かわいいくこ) の実家はどこですか?
川井郁子さんは1968年1月 香川県高松市牟礼町(むれちょう)生まれ。
香川県はうどん県として有名で、至るところにうどん屋さんがあります。
カフェよりもうどん屋さんが多いと言われていますね!
県庁所在地の高松駅から東に電車で20分ぐらい行ったところに牟礼町はあります。
スタジオクロックは、たまたま高松市にいた時代があり、実は牟礼町のことは知っていました。
少しだけ説明すると山側は田園地帯で海側は瀬戸内海を望む自然豊かな地域です。
「庵治石(あじいし)という世界的に有名な高級石材の産地で、職人文化が根付いており、彫刻家として著名芸術家の「イサム・ノグチ氏」庭園美術館など文化的施設もあります。
また「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が毎年行われる日本最古の芝居小屋として「金丸座」があるのも香川県です。
一つのことに取り組む芸術家の気質を感じる川井さんの気質はこうしたところからもあるのかもしれません。
そんな香川県、高松市牟礼町で育った川井さんですがどんな幼少期だったのでしょうか?
川井郁子の実家での幼少期はどうだった?
憧れから始まった情熱と出会いが、世界的ヴァイオリニストを生んだ!?
川井さんは6歳からヴァイオリンを始め、ラジオで聴いたヴァイオリンの音に憧れたのがきっかけでした。
父親は当初反対したが、半年間粘り続けた結果、強い熱意が伝わりその年のクリスマスプレゼントとして贈られた。
サンタさんではなく、父親のプレゼントとしてサプライズでもらったといいます。
地方で指導環境が全く整っていない中で、最初は趣味でヴァイオリンをしている優しい先生との出会いにより楽しく続けることができた。
その後、小学4年生で出会った東京藝大教授である指導者により「東京藝大を目指す」という明確な目標を得て進路が決定。
その時に言われたのは「今からやらないと東京藝大に間に合いませんよ!」
その先生は川井さんの将来が見えたのかもしれません!
小学生ながら一人でフェリーに乗り、新幹線に乗り換え、長距離移動して東京へレッスンに通うなど、厳しい環境の中で努力を重ねました。
始発で行って終電で帰ってくるというような日々だったとインタビューで答えています。
幼少期は空想好きで内向的と思っていたが、周囲からはむしろリーダー的存在だったことも後に判明。
音楽への純粋な憧れと努力、そして出会いが現在のキャリアにつながっていると言えます。
その後 念願である東京藝大に入学しました!
実家のある香川県から日本芸術界の最高峰である「東京藝術大学」に入学したした川井さんはどんな大学時代を過ごしたのでしょうか。
実家を出て大学時代からプロデビューまで
東京藝術大学は数多くの芸術家、音楽家を輩出しています。
多方面に大活躍のヴァイオリニスト「葉加瀬太郎」氏も同級生でした。
「迷いと葛藤を乗り越え、“自分だけの音楽”に辿り着いた転機の時代」
川井さんの大学時代は、恋愛や自分自身の在り方を模索する時期でもありました。
東京藝大入学という目標を達成したことで一時的に無気力になった時期もありましたが、
その期間に遊びや恋愛を通じて「自分らしさ」や女性としての自信を取り戻していった。
演奏面では、観客がみんな審査員に見えてしまい強い舞台恐怖症に悩まされ、本番で実力を発揮できない時期が続いていました。
しかし大学での経験を通じて徐々に自信をつけ、「音楽家として生きていく」という意識が芽生えたようです。
それはどんなきっかけがあったのでしょうか?
アストル・ピアゾラの「リベルタンゴ」が転機となった
大学時代そして大学院時代は楽しかったものの、クラシック音楽の厳格な表現ルールに疑問を感じ、自分の存在意義に悩むようになっていました。
そんな中、同級生である今の葉加瀬太郎氏のように新しい音楽スタイルを切り拓く存在や、アストル・ピアソラの革新的な音楽に触れ、「自分にしかできない表現」を追求する方向へと大きく転換していきました。
その結果、従来のクラシックの枠を超えたスタイルを確立し、舞台に対する恐怖は「最も楽しい場所」へと変化していきました。
2000年のプロデビュー後は、自分を解放して観客と一体になる喜びを感じられるようになり、演奏スタイルも大きく変わったとインタビューで答えてくれています。
(ITS com https://www.youtube.com/watch?v=8I0lc0lvKX4)
さらに、音楽劇などにも挑戦し、言葉ではなく音で感情を表現する新たな可能性にも気づくなど、表現の幅を広げていきました。
それは現在も大きく広がっています。
どんな広がりになったのでしょうか。
現在は娘も活動?
2019年あたりから現在に至る間に 川井郁子さんは世界的ヴァイオリニスト・作曲家の枠を越境し、文学作品とのコラボレーション、和楽器とのコラボレーションに取り組まれています。
例えば 平安時代の宮廷物語である「源氏物語」を題材に「愛と無常の世界」をヴァイオリンの旋律で表現するという前代未聞のステージを繰り広げました。
アメリカワシントンをはじめロンドンや東京でも和楽器とのコラボレーションにより幻想的なステージを展開しています。
平安時代の衣装を纏いながら能面をちょうど横向きに被り、表情を作り演技をしながら、さらにヴァイオリンで語るという思いもよらぬ、幻想的なシーンを織りまぜて、独特の世界観を表現しています。
幼少の頃 空想好きだったという川井さんの世界観が繰り広げられているのではないかと思います。
そして、その根底にあるのは2004年に劇作家 寺山修司原作の「上海異人娼館」という演劇に主演で参加されたことがこの新しい試みに原点があるのではないかとスタジオクロックは推測しています。
今では慶応大生の娘 花音(カオン)さんが、手伝ってくれています。
花音さんは母親譲りの芸術面に優れており、アルバムのデザインなども手掛けられています。

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